世界を驚かせた奇怪、猟奇的な殺人事件の数々、そしてその犯人。科学では解決できないミステリー現象。それらを紹介していくブログです。

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英国版「疑惑の銃弾」 真犯人は姉か?弟か?

「一見折り目正しく洗練された態度とは裏腹に、あなたには若さに似合わない狡猾でいびつで、凶悪な精神が潜んでいます」
(ドレイク判事、ジェレミー・バンバーに終身刑判決を下した裁判官)

ジェレミー・バンバーは少年のようなおとなしそうな外見とは裏腹に、酒とドラックと女をこよなく愛し、力のない者にイジメ行為をしてそれを面白がっている、
今の我が国でいう典型的なDQN男だった。
ジェレミー・バンバー
将来は大農場の地主としての地位が約束されていたが、周囲には「両親が死ぬまで待てない、今すぐ遊ぶ金がほしい」と公言して憚らなかった。
そして「精神異常の姉がライフルを手に暴れている」と警察に通報。駆けつけた警官隊が見たもの、それはバンバー家の人間たちの変わり果てた姿だった。
当初は姉・シーラの無理心中と思われていた事件は、事件そのものを疑問視していた遺族と1人の刑事の手により、急展開を見せていく。

発端:農場での惨劇
1985年8月7日水曜日未明、イングランド東部のエセックス州にあるチェルムスフォード警察の電話が鳴り響いた。
通常、警察への直通番号999番(日本でいう110番)はコンピューターに自動的に記録されるが、その電話はチェルムスフォード警察への直接電話だった。
その時、夜間宿直の警官が時計を見た際、午前3時26分だったのを確認している。
通報者はジェレミー・バンバーと名乗った。自宅に父親から異常な内容の電話があった、と興奮気味に語った。

「姉さんの頭がおかしくなった! 銃を持ち出している! すぐに来てくれ!」

そこで父親からの電話は切れ、すぐさま掛け直したが、話し中の信号音が聞こえるだけだった、という。
最初はイタズラ電話かと思っていた宿直の警官だったが、次第に電話の主の真剣な訴えに事の重大さに気がついた。
ジェレミーの父親だというネビル・バンバーの名前には当直の警官も聞き覚えがあった。この辺では有名なホワイトハウス農場のオーナーだったからだ。
当直の警官は通報者であるジェレミーに、父親の農場に行き、警察の到着を待つように指示した。
バンバーは「分かりました」といって電話を切った。ただちに40名の対凶悪犯用武装小隊に出撃命令が下った。
ネビル&ジェーン夫妻

急行した40名の武装警官が農場の母屋を包囲すると、間もなくそこに通報者のジェレミー・バンバーが到着した。
ジェレミーのいう「頭がおかしくなった姉」の名はシーラ・キャフェル。普段は「バンビ」の愛称で呼ばれていた。
ジェレミーより3歳年上の27歳で、2人ともバンバー家の養子だった。
シーラはかなり以前から精神に異常をきたしており、美しい外見からモデルをしていたこともあったが、その病状ゆえに長続きしなかった。
その年の3月に入院し、退院後は双子の息子ダニエルニコラスを連れてホワイトハウス農場に身を寄せていた。夫のコリン・キャフェルとは別居中だった。
ジェレミーは姉をこう語った。「姉は頭がおかしいんです。というか、以前からとうに狂ってしまっています」さらに念を押すように、こう証言した。

「いつ暴れ出すか判らないんです。実は以前にも暴れたことがあるんです」

「いくら精神に異常があるからといって、姉をここまでボロカスに言うか普通? しかも家族が一大事の時だっていうのに」

事情聴取を担当した警官は、多少疑問に思ったという。
武装小隊が何度か拡声器で投降を呼び掛けたが、返事はなかった。狙撃担当がキッチンの窓に狙いを定める中、最後の説得が行われたがやはり返答はなし。
午前7時30分、ハンマーでドアを破壊し、まず突入した10名の武装警官たちは、想像を絶する惨状を目の当たりにし、思わず息を飲んだ。
まず、リビングの電話器のすぐ側には家主でもある61歳のネビル・バンバーが倒れていた。
頭に4発、首に2発、肩に1発、腕に1発、計8発の銃弾を受けていた。争ったあとがあり、頑強な農夫であるネビルの顔には激しく殴られた傷が残っていた。
2階に上がると、ネビルの妻ジューンが7発撃たれていた。うち1発は眉間に命中。床の上には聖書が投げ捨てられていた。
シーラの双子の息子、ダニエルとニコラスも、就寝中に殺されていた。
ダニエルは5発撃ち込まれながらも、口に親指をくわえたままだった。ニコラスは3発撃ち込まれていた。
あまりに痛ましい光景に、目に涙を浮かべている警官もいた。
そして、シーラも血の海の中に倒れていた。1発は喉に、もう1発は顎を貫通して脳を破壊していた。胸の上には22口径のライフルが乗っていた。
階下に降りた警官は、皆殺しの旨をジェレミーに告げた。彼は表に飛び出すと、その場で嘔吐した。

過去:両親に対する憎悪
元英国空軍のパイロットでもあり、ショットガンを肩に大型犬を連れて散歩をするのが日課の、典型的なイギリスの地方郷士だったネビル・バンパー。
そして慈善事業に生きがいを見出していた妻のジューンの、バンバー夫妻の悩みは子宝に恵まれなかったことだ。
そこで児童協会を通じて1957年にシーラを、1961年にはジェレミーを養子として迎え入れた。
養子を迎える養父母は、家系に悪い血が混じることを恐れるあまりに、養子に対して厳しくなりがちである。バンバー家もそうだった。
ジェレミーは全寮制の学校に入れられ、厳しく育てられた。
厳格なバンバー夫妻はジェレミーに優れた人物になって欲しい、という願いからそうしたのだが、しかし、ジェレミーはそのようには受け取らなかった。

「わざわざ養子に迎えておいて、手放すのか?」

この思いはやがて、養父母に対する憎悪へと発展した。そしてこの憎悪は、彼の人格形成そのものにも影響を及ぼす。
学校では常に上から目線の尊大な態度で「弱い者イジメをして喜んでいるような最低な男」だったという。
そして姉のシーラの頭もおかしくなっていた。ことさらに養父母に逆らってモデルとなり、未婚のままに双子を産んだ。
その奇行はエスカレートしていく一方で、地元ではシーラは「ちょっと、どころか『かなりおかしい』女の子」として有名だった。
シーラ

近所の学生はシーラをこう語っている。
「彼女の目つきは異常でした。完全に狂っているか、そうでなければ何かが憑いているとしか思えない目つきでした」
「大声で叫び回って近所を叩き起こすんですよ。『世界は悪に満ちている! お前らは悪魔だ!』って」


成人して姉は精神異常、弟は良心の欠片も持たない精神病質者(サイコパス)という、のちのトラブルを暗示させる姉弟となっていく。

疑惑:浮かび上がる不審点
しかし、一見シーラの無理心中かと思われたこの事件、おかしな点がいくつかある。それは事件を担当していたスタン・ジョーンズ巡査部長も感じていた。
まず、シーラの死に方である。彼女がバンバー家の4人を殺害した後、ライフルを己れに向けて自殺したとして、2発も撃てるだろうか?
至近距離で喉を撃った1発目の時点で普通は大ダメージを受けて、ライフルを手にする事など出来ないだろう。しかしシーラは2発目を撃ち、脳を破壊している。
次に、ジェレミーは999番ではなく、現場から少し離れたチェルムスフォード警察に直接電話しているのだ。これは明らかに不自然だ。
(我が日本でも、緊急の場合の警察への通報は110番である。個別の警察署に電話なんてしない)
ジェレミーは裁判で「あまりにも気が動転しすぎて、逆に999番のことが頭から消えていた」と弁明しているが、これは誰が聞いても言い訳としては苦しい。
おそらく、裁判でも検察に指摘されたが、警察に「キミが今いる自宅に迎えを寄こす」と言われるのを避けたかったのだろう。
当然ながら、999番電話は最寄りの警察に繋がる。つまり、ジェレミーは自宅からではなく、殺人現場から電話したのではないかという推測が成り立つのである。
また、ネビルは殴り倒され気絶させられてから、頭部に4発撃ち込まれている事が鑑識結果で明らかになったが、ネビルは元英国空軍パイロットの大男なのだ。
年老いたとはいえ、シーラと乱闘し殴られ気絶するとは考えにくい。しかもシーラには「乱闘の形跡は一切なかった」という鑑識結果が明らかになっている。
さらにジェレミーは通報の際「父からの電話が途中で切れたのでかけ直したが通話中だった」と証言しているが、もしネビルが襲われて受話器を落としたのならば、
電話が切れるはずがない。
受話器を元に戻すか、この時間帯では10分経たないと切れた状態にはならない。かけ直したとしても、「通話中」の状態になどならないだろう。

こう考えると、通報の時点でジェレミーも十分に怪しく、容疑者候補に挙げられてもおかしくはない。
ところが、鑑識に入ったロナルド・クック警部補は現場を見て、ドアやリビングの窓などにも鍵がかかっていたことから、

「外部から侵入した様子はないし、押し込み強盗なら寝ている幼き子供を撃ったりはしないだろう。
24発もの発砲は精神異常者の所業としか思えない」


とシーラの無理心中と決めつけて、捜査を進めてしまった。
クック警部補率いる指紋採集チームは、ライフルの回収に手袋をはめなかった。ジェレミーを含めたバンバー家の人間の指紋の採取もしなかった。
しかもジェレミーに同情していた捜査チームは「事件の痕跡を見るのは幸せだった日々を思い出して忍びない、全て運び出したい」というジェレミーの主張を認め、
血のついたカーペットや電気毛布などを運び出すのを許可しているのだ。
そのあと、ジェレミーの彼女だというジュリー・マグフォードが現場に到着した。2人は何かひそひそ話をしていた。
葬式でのジェレミーとジュリー
巡査部長は事件直後のジェレミーに殆ど悲しみが見られなかったことも不審に思った。
そして、葬儀の席でわざとらしく大げさに泣き崩れるジェレミーを見た時、不審は確信に変わった。
さらに葬儀の最後の方で悲しんでいたはずのジェレミーが「いつまで続けてるんだよこんな茶番。もういいだろ、早く帰せってんだ」とジュリーに毒づいてた、というのを、
ジェレミーの従兄弟であるデヴィッド・ボウトフラワーから聞いていた。

再燃:執念の捜査
完全に先入観に沿って捜査を進め、シーラ無理心中説を頑なに信じていたトム・ジョーンズ警部は、デヴィッド・ボウトフラワーと姉のアン・イートン

「24発もライフルを撃って、銃声が近所に1発も聞こえない、なんてことがあるんですか?
発射時には明らかにサイレンサー(消音装置)がつけられているはずです。
でもシーラはサイレンサーのつけ方も外し方も知りませんし、そもそもライフルを撃ったことも一度もないはずです」


という指摘に対し、声を荒げて「捜査しているのは我々警察だ! シーラが銃の扱いを知っていたかどうかは我々が判断する!!」と釘を刺し、
この事情聴取は喧嘩別れのような形で終わった。
しかし、このやりとりを聞いていたスタン・ジョーンズ巡査部長は内心「その姉弟の指摘通りだろうに」と思い、顔をしかめた。
ダーシー村の地主も「ネビル・バンバーのような狩りの経験が長い男が弾丸の入ったライフルをそこらに放置しておくなんてありえない」と証言している。
不審に思っているのは従兄弟のデヴッドも同じだった。上記の彼の証言どおり、シーラは銃を撃ったことなど一度もないのだ。
ジョーンズ巡査部長の立ち会いの下、デヴィッドはガン・キャビネットの中から問題のサイレンサーを発見した。血が付着していた。
これで犯行時にはサイレンサーを使用していたのが立証できた事になり、死んだシーラがキャビネットにサイレンサーを戻せるわけがない。
さらにデヴィットの姉のアンは、キッチンの窓を留め金を上げたまま開けて、強い衝撃を与えると留め金が落ちて窓も閉まり、密室に出来るのを発見した。
そして、キッチンの窓にも血が付着していた。
これは何者かがあらかじめ開けておいたキッチンの窓から侵入し、サイレンサー付きライフルで一家5人を殺害、サイレンサーを外してキャビネットに置き、
シーラの無理心中に見せかけ、家中の鍵をかけて密室状態にしてから台所の窓から逃げ出した、という結論しか導けなかった。
もはや犯人はジェレミー以外に考えられなかった。とはいえ、目撃証言も物的証拠も何一つない。
しかし、事態は思わない展開を見せる。ジュリー・マグフォードの友人というリズ・ライミントンと名乗る女性から警察に電話があった。
ジュリーはジェレミーの殺人計画を最初から知っていて、それを全て話したいと希望している、というのだ。
裁判所から出るジュリー

裁判:誰が嘘をついているのか?
ジュリーは良心の呵責に耐えられなくなった、そしてジェレミーが昔の彼女と未だに付き合っていると知って、人間的にもジェレミーを信じられなくなった、
と出頭した理由を説明した。
1985年10月1日、ジェレミーは殺人容疑で正式に逮捕された。1年後の1986年10月2日、ドレイク判事を裁判長として英国中が注目する中、裁判が始まった。
シーラの無理心中を主張し続けたトム・ジョーンズ警部は英国中からバッシングを受け、ほどなく閑職へと追いやられた。事実上の左遷である。
(皮肉にもジョーンズ警部はジュレミー裁判が始まる5ヶ月前に、ハシゴから落ちて頭部を強く打ち、それが原因で死亡している)
もちろんジェレミーは全面無罪を主張。焦点は「元々恋人同士だったジェレミーとジュリー、ウソをついているのはどちらか?」だった。
ジェフリー・リブトン勅撰弁護人は警察が証拠保全をほとんどしなかった不手際を指摘し「ジェレミー・バンバーを有罪にするのは無理がありすぎる」と陪審団に訴えた。
これに対し検察サイドは「サイレンサーを付けて寝そべったあの体勢からではシーラの指は引き金に届かない」と反論した。
陪審団が評決に入る前に、ドレイク判事は事件の3つのポイントとして

・ネビル・バンバーは事件の夜にジェレミーに電話をしたと思いますか?
・事件はシーラ・キャフェルの無理心中ではない、と確信できますか?
・ジェレミーとジュリー、どちらの証言に信用をおきますか?


とアドバイスを告げた。
12人の陪審団の意見は別れ、ドレイク判事は多数決による評決を採用すると宣言。10対2でジェレミー有罪の評決となった。
ドレイク判事は判決を言い渡す際、次のように宣言した。

「遺産目当てに自分の家族5人を殺害した被告の行為は極めて凶悪、と断言せざるを得ません。
一見折り目正しく洗練された態度とは裏腹に、あなたには若さに似合わない狡猾でいびつで、
凶悪な精神が潜んでいます」


そして「2人の子供を就寝中にライフルで射殺するような男は、最低25年は仮釈放権を与えるべきではない」との意見を添えて、終身刑判決を言い渡した。
判決を宣告されたジェレミーは、「ノー、ノー、ノー…」とその場で泣き崩れた。
有罪判決を受け刑務所に移送されるジェレミー

1992年2月、時の内務大臣が「ジェレミー・バンバーの刑務を仮釈放権無しの終身刑に変更する」との決定を下した。
ジェレミーだが、彼はいまだに再審を争い、なんと公式サイトまで作って無罪を訴えている。
状況的に見ても、彼が犯人である可能性はかなり高い………と殺人博物館の館長・岸田氏のようにこの記事を締めくくりたかったところだが。
2011年、ジェレミーの無罪を示す新たな証拠が見つかり(英語の読める方は彼の公式サイトを参照)、今イングランド国内では「ジェレミーは無罪では?」という論議が、
非常に加熱してきているという。
また、有罪の決定的証拠とされたライフルのサイレンサーに関してもジェレミーの主張通り、従兄弟のアンソニー・パージェターのものであった事が確認されたそうである。
もっとも第三者である米国の弾道学の権威、ハーバード・レオン・マクダネル博士によると
「シーラの寝そべった体勢では、あのライフルの長さではサイレンサーがなくてもシーラの手は引き金には届かない。
シーラは何者かに殺害された、という結論しか私には出せない」
そうであるが。

さらにジェレミーは他の囚人たちと一緒に「仮釈放権無しの終身刑は欧州人権条約に違反する」と訴え、違反であるという判決を勝ち取っている。
52歳になったジェレミー

仮釈放ない終身刑:英制度廃止へ 欧州人権裁「非人間的」

一体事件の真相は? シーラの無理心中なのか? それとも真犯人はやはりジェレミー・バンバーなのか?
とうの昔に決着したかと思われていた英国版「疑惑の銃弾」事件だが、全ての真実が明らかになるのにはもう少し時間がかかりそうである。

参考文献
週刊マーダーケース・ブックNo.15 疑惑の遺産相続殺人事件 (デアコスティーニ)
参考サイト
+ M O N S T E R S +
殺人博物館
ジェレミー・バンバー公式サイト

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