世界を驚かせた奇怪、猟奇的な殺人事件の数々、そしてその犯人。科学では解決できないミステリー現象。それらを紹介していくブログです。

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「一緒にいてほしかった」死体を友とした孤独な公務員

本名デニス・アンドリュー・ニルセン 通称デニス・ニルセン

「私は自分のした事で眠れなくなる事もなければ、悪夢にうなされることもありません」(デニス・ニルセン)

「彼」は真面目で、とても仕事熱心な公務員だった。
職場である職業安定所に仕事を探しにきた人に、常に真摯な態度で接し、就職を斡旋していた。
しかし、同性愛者である彼は、常に孤独感に苛まれていた。
英国史上最悪の殺人鬼デニス・ニルセン
孤独だった彼、デニス・ニルセンはやがて───新しいルームメイトを見つけた。それは死体だった。彼は死体と同居生活を始めたのだ。
そして英国犯罪史上最悪と言われる猟奇連続殺人鬼が誕生。犯行はどんどんエスカレートしていった。

発覚:下水に詰まっていた物
1983年2月8日。ロンドン郊外北部のマスウィル・ヒルにある閑静なフラット(アパートと共同住宅の中間のような賃貸宅)は、5日前からトイレが詰まって使えなくなっていた。
知らせを受けて呼ばれた配管工マイケル・キャトランは、住民達から状態を聞いて「ああ、それは下水の詰まりですね」とすぐに原因を特定。
フラットの住民の1人ジム・オールコックが協力を申し出て、2人でフラットの横にある下水の蓋を開けた途端、凄まじい悪臭に思わず顔を背けた。
トイレ関係といえば排泄物の詰まりも付き物だが、この臭いはそれとは明らかに違う。まるで何かが腐っているかのような悪臭だ。
キャトランは下水をオールコックに上から懐中電灯で照らしてもらいながら、恐る恐る下まで降りてみた。
ドロリとしたオートミールのような大量の肉片が、まるでヘドロのように浮いて強烈な腐臭を放っている。
そして横の排水管からは、ドロドロのピンク色の肉汁のようなものが滴り落ちていた。
キャトランは吐き気を堪えて上司に連絡した。その際「詰まっているのは人肉かも知れません…」と報告している。
キャトランはオールコックや他の住民に『これまで自分が経験した通常の詰まりとは明らかに違う』と説明し、翌朝一番に作業員数を増やして対応すると回答した。
ところが、である。翌朝9時15分、キャトランらが下水の蓋を開けてみると、例の不気味な「オートミールのような肉片」はきれいになくなっていたのだ。
どうやら何者かが夜中にこっそり処分したらしい。それでも横の排水口を探ってみると、いくつかの細かい骨と、肉片が残っていた。
キャトランらと大家は、大至急警察に通報。午前11時、ホーンジー警察からピーター・ジェイ警部マホンジー警部補バトラー巡査を引き連れ到着。
警察の鑑識で細かい骨は男性の指の骨、肉片は男性の首の部分であるのが確認された。
フラットの住人の証言によると、夜中に足音が階段を何度も往復しているのを聞いた、という。その足音は最上階の屋根裏部屋にまで続いたというのだ。
「最上階の屋根裏部屋に住んでいるのはどなたです?」「デニス・ニルセンという、37歳になる公務員です」
午後5時40分ごろ。ニルセンは職場から帰宅した。
「はじめまして、ミスター・デニス・ニルセン。私はホーンジー警察署のピーター・ジェイ警部です」ジェイ警部はニルセンを引き止め、下水管を調べている旨を告げた。
「下水管が詰まったぐらいで警察が来るとはおかしいですね。警部の隣のお2人は保健所の方ですか?」
ジェイ警部は2人も警官だと答え、4人はニルセンの部屋の前まで向かった。そして昨日の夜に下水から解体された人間の死体の残骸が発見された事を告げた。
「まさかそんな事が…なんという恐ろしい事でしょう……」ニルセンの態度にピンと来たジェイ警部は落ち着くようになだめながら、しかしキッパリと言った。
「………ミスター・ニルセン。つまらない芝居でとぼけるのは、もうそこまでにしていただけないだろうか。
我々は死体の残りが何処にあるのかを教えていただきたいのです」

この瞬間、ニルセンは「警察は自分のした事にとっくに気づいている」と悟ったのだろう。顔を上げると、表情を変えずに答えた。

「ポリ袋2つに詰めて洋服ダンスにしまってあります。お見せしましょう」

玄関を入ってすぐ隣の部屋に入ると洋服ダンスを指差し、ニルセンはジェイ警部に鍵を手渡した。
部屋には防臭剤を置いてあったがまったく効果はなく、腐敗臭はむせ返りそうになるほどだった。扉を開けることを躊躇った警部は、ニルセンに尋ねた。
「死体の残骸の他に、何かあるのかね?」この言葉を待っていたかのように、ニルセンは答えた。
「はい。しかし長い話になります…。ここではなく、警察内部でお話したいのです」
件のタンス。買い物かご4つにバラバラ死体が入っていた。

同行していたマホンジー警部補とバトラー巡査は規約により身柄を拘束するとニルセンに伝え、彼に手錠をかけた。
署に向かうパトカーの中でジェイ警部は、これからのあなたの発言は全て証拠として採用される旨、黙秘権を行使出来る旨をニルセンに告げた。
連行されるニルセン
パトカーは署に到着し、取調べはジェイ警部とマホンジー警部補がそのまま担当することとなった。まず、マホンジー警部補が質問をした。
「まずこれを確認しておきたい、ミスター・ニルセン。あなたが殺害したのは1人か? それとも2人か?」
ニルセンから返ってきた答えはジェイ警部、マホンジー警部補の予想をはるかに上回るものだった。

「1978年から数えて、15人か16人になります」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。あなたは何か? 今まで15人か16人殺した、という事なのか?」ジェイ警部は驚愕し、今度は自分が質問した。
「そういう事です」ニルセンは再び答えた。「今のフラットで3人、以前住んでいたクリックルウッドのメルローズアベニューのフラットに住んでいた時に12、3人です」

過去:死の世界に憧れていた内気で孤独な少年
デニス・アンドリュー・ニルセンは1945年11月23日、スコットランド東部のフレーザーバラという漁村に生まれた。
父親オラフ・マグナス・ニルセンはノルウェーの元兵士で、デニスが3歳の時に母べティと離婚している。
また、母方の親類に精神異常者や自殺者が多いことも指摘されている。閉鎖的なこの漁村では、近親婚が当り前のように行われていたらしい。
(筆者注:この事が彼のその後の連続殺人と因果関係があるかは不明である)
6歳の時、父親代わりだった祖父アンドリュー・ニルセンが他界した。母親はデニスに祖父の遺体を見せ「おじいちゃんに最後の挨拶をしなさい」とだけ告げた。
この時、デニス少年の中で、初めて愛と死が結びついた。大好きな祖父に会うために、自分も死にたいと願う程だった。
元々内向的だったデニスは、ますます孤独になっていった。1人海を見つめながら、ぼんやりと過ごす毎日だった。
しかし、小学校では動物の世話を進んで買って出る、心優しい少年だったという。

若き日のニルセン
デニスは15歳で軍隊に入隊し、調理担当となった。調理用ナイフや肉切り包丁で上手く肉を捌くのを憶えたのは、この頃である。
そしてすでに自分が同性愛者である事を自覚し、自己嫌悪に陥っていた。
デニスは退役近くの年の夏、部下の青年に恋をした。その青年もデニスを兄のように慕い、2人で映画作りに熱中した。
青年を死体に見立てた戦争映画を良く撮影した。
その後、「血の日曜日事件」がきっかけで軍に不信感を抱き、1972年、27歳で軍を退役した。
除隊したデニスは、ロンドン警視庁のヘンドン警察学校に入学。16週間の訓練で適正とみなされ、無事にウエルスデン・グリーン警察に巡査Q287号として配属された。
ところが、軍隊と警察では勝手は違った。軍隊は若者ばかりで強固な連帯意識、仲間意識があったが、警察は年寄りばかりでそれがなかった。
デニスはまたも警察内部で孤独感に襲われ、しかも同僚警官の容疑者に対する手荒な扱いにもなじめなかった。
左翼的思想のデニスには、警官は向かない職業だったのだ。
ただ、警察では新米警官を死体に慣れさせるために死体置き場に連れて行くものだが、解剖途中の死体をみて密かに興奮を覚えたという。
そしてこの頃からデニスは、自らの裸身を鏡に映し、自分の肉体を死体だと空想するという、奇妙な真似を始める。
これらの事は彼が内気な反面極度のナルシストであり、死体愛好者(ネクロフィリア)であった事を示している。
結局わずか1年あまりで警官を辞職して、職業安定所の職員になった。
1975年の中頃からメルローズ・アベニューのフラットでデヴィッド・ギャリハンという若者と同居生活を始めた。デニスは10歳年下のこの若者と暮らすだけで満足していた。
ところが、ふとしたことから口論になり、1977年5月にギャリハンが出て行くと、デニスは圧倒的な孤独感に打ちのめされた。
以後、自分には他人と暮す資格がないと思い込み、孤独感と絶望感に支配されていった。

殺人:寂しいから殺した
スティーブン・シンクレアのバラバラ死体
ニルセンによると、彼が最初の殺人を犯したのは1978年12月31日だという。
クリスマスも寂しく1人で過ごしたニルセンは、せめて大晦日と新年は誰かと一緒に過ごそうと、夜の街に繰り出した。
パブで知り合った18歳のアイルランド人少年(氏名不詳)と意気投合し、一緒に部屋に帰ってきた。
2人とも酔っぱらっておりベッドに入って眠ったのだが、3時間もするとニルセンは目が覚めてしまった。

「少年が目を覚ましたら、この部屋から帰ってしまう」

「もう孤独は、1人ぼっちは嫌だ…」ニルセンは手元にあったネクタイを少年の首に巻きつけ、馬乗りになって思い切り絞めあげた。
目を覚ました少年は必死に抵抗し、2人ともベッドから転がり落ちたがニルセンがなおも絞め続けると、やがて少年はグッタリとし動かなくなった。
しかし手を離したと思った途端、少年は息を吹き返し始めたので、今度はバケツに水をくんできて少年の顔を水の中に突っ込んだ。
少年は手足をバタつかせてもがいたが、1分ほどすると完全に動かなくなった。ニルセンはついに殺人を犯してしまったのだ。

少年の死体を抱えて風呂まで連れて行ったニルセンは、死体の服を脱がせて浴槽に入れ、洗い清めた。
石鹸とシャンプーで綺麗に洗い、タオルで拭き、ベッドに横たえた。
ニルセンはこの後、遺体を切断して処分することを考えた。金物店にいき電動包丁と大きな鍋を買ってきたが、そんな事は出来ないと分かった。

「部屋に戻ってあの素晴らしい肉体を見た時、そんな真似は出来ないと思った」

死体に衣服を着せ、共にテレビを見て、夜になると添い寝し、時には愛の行為さえ試みた。
そう、ニルセンの新しいルームメイトは、死体だったのだ。
どこの世界でも、生と死は明確に区別されている。しかし、ニセルンは人類のタブーを破ったのだった。彼の中に、生と死の境は存在していなかった。
一週間死体との同棲生活を楽しんだニルセンは、部屋の床の板を剥がして、少年をその中に押し込んだ。
ニルセンは、今日にでも警察が自分を捕まえにくるのではないか、と内心心配だったが、そのまま8月になった。
どうやら少年には行方不明になっても、身を案じるような人間は1人もいないのであろう。
さすがに腐臭が凄まじく、床板を剥がして死体を庭に運び出し焼却した。ニルセンは、これでようやく安心した。

それから約1年後の1979年12月3日。ニルセンは2度目の殺人を犯す。
今度の犠牲者はカナダからの旅行者ケネス・オッケンデンだった。1年前の少年と同じように夜の街で出会い、彼の部屋へと連れて来た。
すでに明日でカナダに帰国する事を宣言していたオッケンデンに対し、ニルセンは1年前の少年を殺害した時と同じ心境になっていた。
2人で一緒に酒を飲んだ後、ヘッドホンで音楽を聴いていたオッケンデンを、ヘッドホンのコードを使って絞め殺した。
殺害した後は、またもや服を脱がせ、下着を取り替えたり、いろんなポーズを取らせてカメラで撮影したり、自分の上に乗せたり、一緒にテレビを見たりもした。
死体の隠し場所はまたもや床の下だった。2週間に渡り、何度も床下から死体を引っ張り出しては、一緒に生活を楽しんだ。
3人目も、同じく夜の繁華街で誘って、部屋に連れこんで正気を失うほど酒を飲み、頃合を見計らって首を絞めたがそれだけでは死ななかったので、
台所に連れていって水の中に顔を突っ込んだ。
後は同じように服を脱がし、死体に口付けし、抱きしめ、一緒にシャワーを浴びたりした。
しばらくしたら死体が膨れてきたので、またも床板をはがし、先に殺していたのオッケンデンの横に押し込んだ。
その後ニルセンは、台所で2人の死体の解体作業を始めた。バラバラに切断し、それを2個のスーツケースに入れて庭の物置小屋に隠した。
死体の強烈な腐臭が漏れるのを防ぐために、夏の間はひっきりなしに消毒液を吹きかけた。

前居住の庭の捜査。「少なくとも8人の遺体がある」と確認された。
この後もニルセンは殺人を続け、犠牲者も6人まで増えていった。死体の取りあえずの置き場所は床の下である。だが、だんだんここもいっぱいになってきた。
死体は腐敗がどんどん進み、床の下ではハエが大量に発生し、ウジ虫もはいずりまわっている。物置のスーツケースの中からはドロリとした液体がしたたり落ちている。
さすがにそろそろ焼却処分せざるを得ない。

「死体を丸ごと燃やしても見つかって通報される恐れがある。
バラバラにした方が燃えやすいだろうし、見つからないだろう」


かくしてニルセンは、腐乱した死体をバラバラに解体するという、世にも恐ろしい作業を開始した。
ラム酒を2杯飲んで気を大きくしてから床板をはがした。もう何度も床板をはがしていたので釘穴がゆるくなり簡単にはがせたという。
一番近くにあった死体の足を掴み、引っ張りあげた。まずは頭を切断し、手、足、と切り取っていく。腹を切り裂いて内臓を取り出す。
それぞれ適当な分量に分けてカーペットの切れ端に包んだ。
次の死体にはウジ虫が湧いていたので、まずは塩を振りかけて金ブラシでこすり落とした。そして最初と同じように次々と切断していく。
いかに死体慣れしたニルセンといえどこの作業は流石に苦痛だったようで、作業中には何度も吐き気を催し、ラム酒を大量に飲みながら作業を続けたという。
結局4体の死体全てを解体し終えて、更に浴びるようにラム酒とウイスキーを飲んだ。
目が覚めてからまだ朝日の昇らないうちに、裏庭で焼却作業を開始した。ポプラの丸太を積み重ねて、キャンプファイヤーの要領で火をつける。
火の勢いが増してきたところで、カーペットやカーテンの切れ端に包んだバラバラ死体を徐々に焚き火に放り込んでいった。
先ほどの4人分の死体と、最初のころに解体してスーツケースに詰めておいた2人分の、合計6人分の死体である。
死体を焼く臭いを誤魔化すために古タイヤも投げ込んだ。朝から夕方までかかって、何とか焼却を終えることが出来た。
燃やしている最中、近所の子供たちが面白がって寄ってきて焚き火を囲んで歌まで歌い始めた。ニルセンは内心ヒヤヒヤしたが、バレることはなかった。
燃やし終わると頭蓋骨が丸のまま残っており、ニルセンは慌てて火掻き棒で砕いた。
内蔵の方はフラットと隣の家の塀の間にブチまけたところ、2、3日でなくなった。虫、野良猫、鳥などの「夜の住民達」がキレイに食い尽くしてくれたようだ。

転落:死体を友とした男
ニルセンは、これで殺人から足を洗い、まっとうに生きる気でいた。だが、そう思い殺人を止めたのはつかの間だった。
もはや殺人は常習となり、純粋に「生きる上での目的」となっていた。
気がつくと部屋の床下に、8人、9人とまた死体が増えている。そしてニルセンの解体の腕も上がってきた。
それに伴い、床下もいっぱいになり、12人目を殺害した時にはとうとう床に入りきらなくなり、解体した部分を台所の戸棚にしまい込んだ。
ある日、ニルセンは引越しをすることになった。
ニルセンは大家にとって、家賃を値上げしようとする度に抗議してくるうるさい賃借人であって、大家は以前からニルセンを追い出したがっていたのだ。
もちろん大家にしても自分のフラットで、ニルセンがこれだけの大量殺人を行っていたとは、もちろん知る訳がない。
不動産屋を通じて「1000ポンドを引越しの手数料として払うから、よそへ引っ越さないか」ともちかけると、ニルセンは快く応じた。
もちろん、引越し前に床下に隠した死体を焼却することは忘れなかった。

1981年9月、かくしてニルセンはマスウェル・ヒルのクランリー・ガーデン23番地のフラットの最上階の屋根裏部屋に引っ越してきた。
屋根裏部屋といっても1フロア全てが使われており、居間、衣服部屋、寝室、台所、トイレ&バスは全て独立して、男1人で住むには十分すぎる広さだった。
新しいフラットは、死体を燃やせる庭もなければ、床板をはがして死体を収納することもできなかった。
ニルセンは、今度こそ殺人と手を切り、ここで新しくやり直す決意をした。
実際にニルセンは親切心で若者たちを自分の家に泊め、翌日無事に送り出している。「あの時は間違いを起こさなくて本当に嬉しかった」と語っている。

しかし─────またも孤独に耐えられずルームメイトが欲しくなったニルセンは、ここに引っ越して半年もしないうちに再び殺人に手を染めた。
ジョン・ホーレットという少年が13人目の犠牲者となった。彼は以前もゲイバーでニルセンに認識があり、ニルセンも「近衛兵のジョン」と記憶していた。
パブで再びニルセンと知り合い、彼のフラットについてきたために命を落とす羽目になったのだ。
首を絞めても何度も息を吹き返し、ニルセンも激しい抵抗にあったという。最後は風呂の中に顔を突っ込んで溺死させた。
14人目の犠牲者、グレアム・アレンはニルセンが作ったオムレツを食べている時に殺された事から、ニルセンは「オムレツ・マン」と記憶していた。
犯行時のことはまるで憶えていないが、殺したのは間違いなく自分だと認めている。
ニルセンはアレンの死体を一旦バスルームに置いておき、その後細かく切断してトイレに少しづつ流していくという、非常に根気のいる作業を始めた。
冒頭に書いた、下水を詰まらせた大量の肉や骨の残骸は、このアレンのものである。
頭部は大きな鍋で頭蓋骨だけになるまで煮込んだ。

ニルセンが書いたシンクレアの下半身のスケッチ
そして15人目の犠牲者がスティーブン・シンクレアだった。
シンクレアはニルセンの部屋で酒とドラッグを一緒に摂取し、気を失っているところをネクタイで殺害されたのだ。

「私は殺害後、彼にこう語りかけました。
『スティーブン、全然苦しくなかったろう? もう嫌な事なんて何もないからね』
私は彼の脱色したブロンドの髪をなでました。彼の死に顔はとても穏やかでした」


警察がニルセンの部屋の衣装部屋から、解体されたシンクレアの遺体を発見するのは、それから一週間後のことだった。

裁判:正常と異常の狭間で
ニルセンの犯行が4年以上もバレなかった理由には、犠牲者の大部分が宿も身分証明もないホームレスだった点にある。
彼らはある日ひょっこりと現れ、ひょっこりと消えていく。いなくなっても誰も気にかけない。大部分がニックネームで呼び合って、本名は本人しか知らない。
そのような事もあり15人中9人は身元を確認する事が出来ず、ニルセンは立証可能な6件の殺人と2件の殺人未遂で起訴される事となった。

裁判中のニルセンのスケッチ
1983年10月24日、クルーム・ジョンソン判事を裁判長として、ニルセンの裁判は開始された。
ニルセンは連続殺人について警察で全面的に協力姿勢で自供しており、裁判では責任能力の有無が焦点となった。
弁護側の用意した精神科医の主張は検察側が用意した精神科医に論破されてしまった。
しかし、検察側の精神科医も、弁護側の精神科医の指摘に反論をする事が出来なかった。
ピーター・ジェイ警部も証人として「彼は穏やかな態度で、調書作成には全面的に協力してくれた」と証言した。
また、彼が親切心から部屋に泊めた若者達が弁護側証人となり、陪審団をさらに悩ませる事となった。
(もっとも、検察側が証拠として提出した鍋や凶器のネクタイなどは、陪審団を恐怖させることとなったが)

裁判を終え陪審団が評決に入る際、ジョンソン判事は

「私の見る限り被告は精神異常などではない、邪悪な魂を持った人間だと思う」

とかなり偏った「助言」を行っている。
にも関わらず、陪審団の意見は一致せず、ジョンソン判事は多数決評決を宣言した。
結局ニルセンは6件の殺人と2件の殺人未遂全て有罪となり、最低収容期間25年の終身刑判決が言い渡された。
(筆者注:このジョンソン判事の『助言』については『陪審員に先入観を持たせようとする個人感情が丸出しのあんな助言が許されるのか』と、
のちに相当な批判を受けたそうである。こういうところは、イギリスはアメリカとは違う、と思ってしまう)

英国では刑務所に入る前に、10分間だけ希望する人間との談話が許されているが、ニルセンは逮捕時から自分を取材にきて非常に親しい間柄になった、
犯罪ジャーナリストのブライアン・マスターズを面会人に選んだ。
(筆者注:マスターズがニルセンへのインタビューなどを元に執筆した、この事件を題材にした著書『KILLING FOR COMPANY』(寂しいから殺した)は、
世界中でベストセラーとなった。日本では『死体と暮すひとりの部屋』というタイトルで販売されている)
マスターズ著『KILLING FOR COMPANY』
ニルセンはマスターズに、以下のような事をカミングアウトしている。
「ブライアン、あなたにだけは本当の事を言おう。本当は私は人殺しをするのが楽しかったんだ。
もし65歳まで捕まらなければ、100人くらい殺していたかもしれない

「いや、それはインタビューをしてて薄々気がついてたよ。問題はなぜ、キミが人殺しに幸せを見出せたか、ということさ」

するとニルセンはこう答えたという。

「それを解き明かすのが犯罪ジャーナリストであるあなたの仕事だろう」

そこで面会時間がタイムアップとなり、ニルセンはワームウッド・スクラブズ刑務所に入った。

2003年、ニルセンは獄中で書き上げた手記を自伝として出版しようとして差し止められ、この件が「事件について反省していない」とみなされ、
2006年、当時の内務大臣が「デニス・ニルセンの量刑を仮釈放権無しの終身刑に変更する」との決定を下した。
余談だが2005年某新聞が「デニス・ニルセンが仮釈放権を申請した場合、認めるべきか?」というアンケートを行ったが、アンケート回答者の80%以上が
「認めるべきではない」と回答したという。
かくして2008年11月に発生するはずだった仮釈放の権利は消滅した。もっとも当のニルセン本人は、どっちにしろ申請する意思はなかったようである。
(筆者注:ニルセンは自伝について『売り上げは犯罪被害にあった人を支援する団体に全額寄付するつもりだったのに』と憤慨してるという)

彼は獄中で書いた手記に、あの狂気の連続殺人についてこう記している。

「出来ればやめたかった。でもやめられなかった。他に何の喜びも幸せもなかったのだ」

参考文献
週刊マーダーケース・ブック No.24 英国史上最悪 孤独な連続殺人鬼 (デアコスティーニ)
快楽殺人者の異常心理 (KKベストセラーズ)
連続殺人者 (タイムライフ)
死体と暮すひとりの部屋 (草思社)
参考サイト
+ M O N S T E R S +
殺人博物館

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テーマ:衝撃 - ジャンル:サブカル

コメント

この記事読んでるうちになんだかわかんないけど涙が出てきた。

  • 2012/09/29(土) 04:20:06 |
  • URL |
  • #-
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Re: タイトルなし

はじめまして、当ブログにお越しいただきありがとうございます。

自分は性格異常ではあっても精神異常ではない、というのは、
当のデニス・ニルセン本人が一番分かっていたようです。
気軽に会話などできる今の「ネット時代」に生まれていたら、
彼はこのようなことはしなかったかも知れません。

  • 2012/10/22(月) 19:11:36 |
  • URL |
  • とあるプロファイラー #-
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自伝売らせてやれよ…

  • 2013/07/17(水) 19:50:32 |
  • URL |
  • 名無しの北斗 #-
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Re: タイトルなし

> 自伝売らせてやれよ…
はじめまして、管理人のとあるプロファイラーです。
私も個人的には読みたいと思うニルセンの自伝ですが、
イギリス国民の倫理観がそれを許さなかったのでしょうね。
これからも、当ブログをご贔屓にしていただけると幸いです。

  • 2013/07/30(火) 16:26:02 |
  • URL |
  • とあるプロファイラー #-
  • [ 編集 ]

はじめまして

はじめまして。
実際に親族や友達が殺されたら辛いだろうと思いながらも犯罪者の心理は興味深く感じてしまいます。不謹慎なのでしょうね。ニルセンの自伝読みたかったです。

  • 2015/02/02(月) 18:41:19 |
  • URL |
  • 名無しの受験生 #la5PUrQg
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Re: はじめまして

> はじめまして。
> 実際に親族や友達が殺されたら辛いだろうと思いながらも犯罪者の心理は興味深く感じてしまいます。不謹慎なのでしょうね。ニルセンの自伝読みたかったです。
はじめまして、管理人のとあるプロファイラーです。
以前もコメントしましたが、もしエド・ケンパーやニルセンがネットで誰とでも話せる今のご時勢に生きていたら、
おそらくこのような凶悪犯罪に走らなかったような気がします。私もニルセンの自伝は読みたかったです。
不定期更新ですが、これからも当ブログをよろしくお願いします。

  • 2015/02/08(日) 01:49:21 |
  • URL |
  • とあるプロファイラー #-
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