世界を驚かせた奇怪、猟奇的な殺人事件の数々、そしてその犯人。科学では解決できないミステリー現象。それらを紹介していくブログです。

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犠牲者の肉を食用に売り捌く「ハノーバーの狼男」

本名フリードリッヒ・ハインリッヒ・ハールマン 通称フリッツ・ハールマン

「こんな事はしたくなかったが、やらずにはいられなかった。恐怖よりも、バラバラにしてみたいという激情の方がはるかに強かった」
(フリッツ・ハールマン、犠牲者の遺体をバラバラに解体した事について)

我が国でも先日、長崎県佐世保市で女子高生が友人を自室で殺害後、頭部と左手首を切断したその異常な行為に世間が震撼したが───
第一次世界大戦終戦から間もない1924年、ハノーバー警察が「情報屋」だったフリッツ・ハールマンを逮捕した件は、ドイツ全土をパニックに陥れた。
ハノーバーの狼男、ハールマン
大戦直後だけあって食料はどこでも不足がちだったが、闇市の中のハールマンの屋台にはいつでも新鮮な肉があった。しかもそれは、皆格段に安い。
人々はさぞ彼は闇市で「いい顔」なのだろうと思っていた。しかし、彼の商売が、趣味と実益を兼ねたものだとは思いもしなかった。
丸顔で人懐っこい好人物を「恐怖の狼男」に変貌させた、周期的発作とは何だったのだろうか?

逮捕:子供が川で見つけたあるもの
1918年11月、第一次世界大戦は連合国側の勝利に終わり、敗戦国ドイツは想像を絶する悲惨な貧困に喘ぐ事となった。
超インフレが発生し、マルクの価値は1ドル=1億3000万マルクにまで下落した。
資産家たちも、財産を切り売りしてその日のパンやソーセージを買わなければならないような有様だった。
ニーバーダクセン州の小都市ハノーバーは他のドイツの都市よりもさらに荒廃ぶりがひどく、街にはホームレスと化した難民、売春婦、闇屋がごった返していた。
1924年5月17日、ライネ川で遊ぶ子供たちは水の中に奇妙な白い物体を発見した。それは人間の頭蓋骨だった。10代の少年の頭蓋骨のようだった。
5月29日、製粉工場の近くで、また別の頭蓋骨が発見され、さらに6月13日には、2つの頭蓋骨が市内の別々の場所から発見された。
猫の手も借りたいくらいの仕事を抱えていた警察は、当初は通報にも「医学生のイタズラでしょう」と相手にしなかった。
しかし、これが逆に市民の恐怖を煽る事となった。「狼男や巨大な蜘蛛が人間を捕らえて食したのでは?」などという噂も流れ始めた。
闇市で肉を買った主婦が「この肉、白すぎやしないかね」と警察に駆け込む事もあった。
警察は慌てて「川の上流には墓があり、墓荒らしが墓を荒らした後、骨を川に捨てたのだと思います」との推測を発表したが、頭蓋骨には肉がついているものもあり、
この推測を支持するものはほとんどいなかった。
7月24日、郊外の藪森の中から、またも肉のついた頭蓋骨が発見された。さらに同日、野原で遊んでいた子供たちが、人骨が大量に詰まった袋を発見。
さすがに警察も重い腰を上げざるを得なくなり、大掛かりな捜査を開始した。
市民ボランティア団体は、何かと悪い評判のある「『ハノーバーの中心地の旧市街地』に問題の原因が潜んでいるのでは?」と考え、日曜に川を塞き止め大捜索を行った。
結果、ヘドロの中から腐敗した人間の体の様々な部分が見つかった。
警察が調べたところ、500に及ぶ部分が見つかり、最低でも22人分の残骸であるのが確認された。
犠牲者の骨
実は警察は、すでに有力な容疑者を1名、リストアップしていた。しかし警察にとってはあまりにも都合の悪い人物だったために、逮捕出来ずにいたのだ。
その男の名はフリッツ・ハールマン。 犯罪歴のある同性愛者だが、警察のお気に入りの情報屋であり、裏捜査員の資格も与えられていた。
闇市で肉屋をしていたハールマンは悪党や闇屋連中にも顔が利くので、警察も6年以上金を払って重宝し続けた。
元警察本部長のオルファーマンと一緒に「アメリカン・ラッソ探偵社」を設立し、探偵ハールマンの名詞すら持っていたのだ。
ハールマンの情報で、悪党たちの計画を事前に知る事も多かったのだ。偽札作りの一味を一網打尽に逮捕出来た事もあった。
「ハールマン探偵」が少年の失踪に関係している、という噂は段々広がっていき、さすがに警察も、見て見ぬふりを続ける訳にはいかなくなった。
問題はどうやって逮捕に踏み切るかだったが、6月22日、そのチャンスが訪れた。
「ある警察関係者」に逆らったというカール・フロムという15歳の少年が、「この少年は偽造の身分証明書で旅をしている」と、その警察関係者とやらにより、
鉄道公安局に突き出されていた。
取り調べを受けたフロム少年は「突き出される前に、その警察関係者の下宿に4日ほど泊まったら、猥褻行為をされた」と証言した。
警察は、鉄道公安局とフロム少年からその警察関係者が「ハールマンに間違いない」という証言を得た。
「件の少年について情報を得たい」とハールマンに出頭を求め、その間に彼が借りていた下宿屋の部屋を捜索した。
男性の衣類や身分証明書が大量に見つかり、中には血のついているものもあった。そして壁やベッドにも、多くの血痕が発見された。
この事実を知らされたハールマンは、完全に自分が罠にかけられた事に気づいたが、笑顔を絶やさず、穏やかな口調でこう言った。

「皆さんも御存じの通り、私は肉屋です。血痕があってもなんの不思議もありません。服だってそうですよ。
これも皆さんご存知の通り、私は古着屋もやっていましたから。肉を捌いている時に、服に血がついたとしても、まったく不思議ではありません。
何もかも、私を拘留しておく理由にはなりませんね」


しかしハインリッヒ・ラッソ警視は、一見素直で穏やかなハールマンの態度を信じてはいなかった。
彼は目の前にいるのが間違いなく狼男だと確信していたが、問題はそれをどう証明するか、だった。

過去:怠け者のマザコン少年
フリッツことフリードリッヒ・ハインリッヒ・ハールマンは1879年10月25日、6人兄弟の末っ子として生まれた。
機関士である父のオッレ・ハールマンは気が短く、ちょっとした事で妻や子供たちに手を上げ、その上大酒飲みの最低の男だった。
家族は資産家の娘であった妻ヨハンナの持参金で持っているようなものだった。
ヨハンナはフリッツを産んでからは死ぬまで寝たきりとなった。故に夫婦仲は悪く、何かにつけて喧嘩をした。
優しいフリッツ少年は母親の肩を持ち、次第に父親を憎むようになった。
病弱だったために医者から動かないように言われていたフリッツは人形遊びを好み、粗野な遊びの一切を嫌悪した。
5番目の娘でフリッツには姉であるエマ以外、兄弟の事も嫌っていた。
とはいえ人なつっこく話術も巧みなフリッツ少年は、周囲から親しまれる存在だった。
学校の成績は悪く、2度進級出来ない事もあった。何とか小学校を卒業した時にはもう14歳だった。
卒業してすぐに錠前屋に見習いとして就職したが、仕事はつまらなく、彼はすぐに辞めた。
16歳になったフリッツはノイブライザッハの陸軍下士官学校に入隊した。
最初は成績も優秀で滑り出しも上々だったか、度々発作を起こして退学。この挫折はフリッツの心に暗い影を落とす事となる。
フリッツはどうしようもなく怠惰な人間に成長し、働く事を拒否するようになる。父がタバコ工場の経営をはじめ、そこに入社するように勧められたが頑として拒否した。
そして児童公園に出向くと幼児に猥褻行為をして逮捕され、精神病院に送られた。
この時は「危険度の高い狂人」と診断されている。この件でフリッツは生涯、精神病院を嫌悪する事になる。
のちに連続殺人で逮捕された時も「精神異常を理由にして精神病院収容」という戦術を取らなかったのは、このためである。
かつてのハノーバー駅

20歳になったフリッツには自分がまだ同性愛者だという自覚がなく、エルナ・レワートという女性と同棲を始めた。
彼女が妊娠するとフリッツは中絶を勧めた。理由は「自分のような障害者の血を残してはならない」との事だった。
そして1900年陸軍に入隊。彼は軍隊ではかなり優秀な兵だったが、それも神経衰弱に陥るまでだった。
軍の精神病院から精神障害と診断され、わずか1年半後に除隊。フリッツは再び深く傷つく事になる。
「普通の市民」に戻った彼は、働く事を徹底的に拒否。「お前はただ怠け者なだけなんだ」父親は説得したが、フリッツは自分は障害者だと主張し続けた。
ならばと1903年、父親はフリッツを精神病院に入れようとしたが、逆にフリッツはこれで父親を警察に訴えている。
その時警察が取り寄せた診断書には「『手の施しようがないほどの意志薄弱』ではあるが精神異常ではない」と記されている。
その後はフリッツは父と和解、魚屋を経営するための資金を出してもらった。しかしこれは散々な結果になり、エルナを「お前は商売の才能がない」とののしった。
するとエルナはフリッツと縁を切り、その後も魚屋の運営を続けた。名義はフリッツの知らない内にエルナに書き換えられていた。
フリッツが自分は同性愛者だと自覚するのはその直後、1905年の25歳の時である。
彼は闇市で知り合ったアドルフ・マイルという中年男と愛人関係になった。2人の関係はフリッツが刑務所に入る1913年まで続いた。
それからのフリッツは強盗、墓荒らし、強制猥褻で出入獄を繰り返し、おかげで大戦中をほとんど獄中で過ごした。フリッツはある意味、ラッキーだったとも言える。
そして敗戦後の1918年、出所した彼は刑務所仲間のアドバイスもあり、闇市で肉屋を始めた。フリッツは肉屋は繁盛し、たちまち自分の屋台を持つようになった。
そこにたむろする他の闇屋、悪党たちともパイプラインが出来て、あっという間に闇市の顔役になった。
警察に情報を売る、情報屋としての地位を確立したのもこの時期である。闇市の人間たちは、彼に尊敬と畏怖の念を込めて「ハールマン刑事」と呼んだ。

とはいえ、刑務所を出たばかりのフリッツには当然住む家などはなく、兄弟の中で唯一親しくしていた姉のエマと夫の家に転がり込み、しばらく居候する事になった。
ある日フリッツがパンを食べようとすると、エマの一番下の息子がフリッツにこう言った。「あまりパンを食べないでね、おじちゃん」
「ん? どうしてだい? おじちゃんがパンを食べちゃダメなのかな?」子供ならではのジョークだろう、くらいに思い笑顔で返したフリッツだったが、
エマの子供から返ってきた返事はショックなものだった。

「並んで買わないといけないし、ウチにあまりパンないし、僕たち病気なんだ」

「そうか………。何とかならないものかな」こんな小さな子たちがパンも腹いっぱい食べられないのか、とフリッツは不憫に思った。
その夜、フリッツはエマに「姉さん、少しでいいんだ、金を貸してくれないか?」と頼み込んだ。
エマからわずかばかりの金を借りたフリッツは、夜の闇市に直行した。闇市の顔役である彼は、ここでは文字通り水を得た魚だった。
あらゆる品物を値切りに値切り、翌朝、肉、ソーセージ、卵、魚などを、両手いっぱいに抱えて帰ってきた。
子供たちは自分の父親よりも、愛嬌のある丸顔で、どこに出かけると美味しい食べ物をいつもたくさん持って帰ってくれる、優しい「フリッツおじちゃん」に夢中になった。
フリッツも子供たちが喜んでくれるのが嬉しく、闇市に出かけたら必ず栄養のある食べ物をいつも袋いっぱいに持って来た。
当時のドイツでは非常に貴重な、チョコレートもお土産にもってくる事があった。
フリッツに関してはかなり克明に説明がなされている優れた文献と言っていい、デオドール・レッシング著の『 The Story of Werewolf 』(狼男の物語)には、
「痩せ細っていた子供たちはみるみる健康になり、皆太っていった」とフリッツは後日こう回想した、と記されている。
エマたちが住んでいた借家の大家にも肉、ソーセージ、スープのダシ用の骨を配り、大家たちからも感謝された。
しかし、平和な日々もそう長くは続かなかった。
フリッツを最初から嫌っていたエマの夫は、子供たちが自分よりもフリッツを慕っていると分かるや、さらに腹を立てた。
「あいつは違法な行為で食い物を手に入れている。あいつから食い物をもらうと警察に目を付けられますよ」と大家を焚き付け、フリッツを追い出してしまったのだ。
フリッツは人生において三度目のどん底に突き落とされてしまった。
(筆者注:この事がハノーバーの狼男を誕生させる決定的な出来事になってしまったような気がしてならない)

自供:暴かれた犯行
以前ハールマンが住んでいたツェラーシュトラーセ27番地の下宿では、彼が血がなみなみと入ったバケツをもって階段を駆け下りていくのを見た、
という他の下宿人の目撃情報もあった。
こうした事実を突きつけられてもハールマンは「私は肉屋ですから」の一点張りで、肩をすくめて笑うだけだった。
ハールマンがこのような対応をしてくるのは分かりきってはいたが、警察は完全に行き詰ってしまった。
ハールマンが最後に過ごした下宿の屋根裏部屋

しかし、思わぬ偶然から、警察は突破口をこじ開ける事に成功する。
2ヶ月前の4月26日、ロベルト・ウィッツエルをいう18歳の少年が、サーカスを見に行ったきり行方不明になっていた。
父親の熱心な捜索願を受けていた警察は、この事件がハールマンの悪事を暴くキッカケになるかもと考え、捜索願を受理した。
警察から、川から見つかったいくつかの頭蓋骨を見せられ、その内のひとつの歯並びの酷く悪い頭蓋骨が息子のものだとすぐに分かった。
ロベルトの友人、フリッツ・カールマイヤーは「ロベルトは『警察関係者の男』と一緒にサーカスにいきました」と証言した。
カールマイヤー少年にハールマンの写真を見せたところ「ええ、警察関係者と名乗っていたのはこの男です」と断言した。
カールマイヤー少年は、実は自分もロベルトも14歳の頃から同性愛者である事をお互い自覚し、いわゆる「ホモだち」の関係になり、2人で同性愛者のたむろする、
カフェやレストランに出入りしていたのでハールマンと知り合った、と告白した。
(筆者注:のちにハールマンは自供の中で、少女のような可愛い顔立ちのカールマイヤー少年を『あの子も犯して殺したかったな』とカミングアウトしている)
ハールマンの部屋から見つかった服の中に、ロベルトの服も発見された。
そして、この偶然がなかったら───警察はハールマンを、証拠不十分で釈放せざるをえなかったかも知れない。
事情聴取を受けるため、ウィッツエル夫妻とカールマイヤー少年は警察の待合室にいた。
その3人の目の前を通りかかった、痩せた中年女性と若い男性の2人連れの男性の方が、ロベルトの上着を着ているのを発見したのだ。
ロベルトの両親は急いでその男女を引きとめ「その上着はどこで手に入れました?」と尋ねた。
男性は静かに答えた。「ズボンと一緒に、ハールマンさんから買ったんです」
女性はハールマンの現在の下宿の家主のエンゲル夫人で、男性はその息子テオドールだという。
「そういえばズボンには、ロベルト・ウィッツエルって身分証明が入っていましたっけ」夫妻、カールマイヤー少年、そして駆けつけた警官は顔を見合わせた。
警官が質問した。「その身分証明はどうしました?」「ハールマンさんに返したら、破り捨ててしまいましたよ」

報告を受けた取調官は、ハールマンを厳しく尋問した。やましい事が何もないのなら、どうして身分証明を破り捨てたのか?
今までのらりくらりと追及をかわしてきたハールマンだったが、さすがに動揺しているのを隠し切れず、屈服寸前だった。
ここで警察は、お馴染みの非常に効果的な方法を用いる事にした。
1人の荒っぽい警官が怒鳴り、胸倉を掴んで脅し、ハールマンの尻を剥き出しにして、ゴムホースで殴りまくる。
そこに「そんな事はやめろよ」と「優しい警官」が入ってきて、温和に、同情を持って彼に接し、なだめすかして自白に追い込む、というものだ。
素朴な性格で同情や好意に弱いハールマンに、この作戦は的中だった。
逮捕されてから1週間後の6月29日、彼は突然涙を流しながらこう言った。
「牧師さんを呼んでください。お話します」
「何をだね?」
「人を殺した事です…」
「何人かね?」
「30人か40人か………思い出せません」
「どうやって殺したんだね」
ハールマンは静かに答えた。

「喉を食い千切ったんです………」

犯行:生々しい解体の自供
ハールマンの自供が進むにつれて、「一連の事件は狼男の仕業では?」という噂も、あながち見当外れではない事が分かった。
彼は死体の解体について、生々しい自供を始めた。

「寝ている少年の喉笛にいきなり噛み付くんだ。同時に首を絞めて殺害する。
そのあとは濃い目のコーヒーを入れて、それを飲んで一息ついてから解体を開始する。
死体を床に置いて、顔に布をかぶせて目が合わないようにする。
腹部を2箇所切り開いて内臓をバケツに入れる。次に肋骨から肩まで3箇所切れ目を入れ、肩の周りの骨が折れるまで押しつぶす。
それからこの部分を切り開く」


ハールマンの「解体作業」の説明に取調官は気分が悪くなったが、しかし彼は一旦話しはじめると饒舌になり、構わず続けた。

「もう心臓、肺、腎臓に手が届くので、それを切り取ってバケツに入れる。次に脚をはずし、そして腕を切り落とす。
………全て運び出し、便所や川に捨てるのに5~6往復くらいしなければならなかった。
頭はいつも最後に切り取った。頭はボロ布で覆って顔を下にして麦わらのマットに置き、叩き潰す音が外に漏れないようにした。
それから斧の背で叩き、頭蓋骨をバラバラに砕く。脳はバケツにいれ、砕いた骨はこれまた川に捨てた」
「よって、川から発見された4つの頭蓋骨は私の犠牲者ではない。私はいつも頭蓋骨は細かく砕いて捨てていたから」


そして彼はこう続けた。
「こんな事はしたくなかったが、やらずにはいられなかった。
恐怖よりも、バラバラにしてみたいという激情の方がはるかに強かった」

「少年たちは皆痩せていたので、私が食べてしまうと売り物になる部分はそんなには残りませんでした」
「服は大抵ハンスにやった。ハンスの事が好きだったからだ」

そしてこの「肉屋」は、最後にこのような言葉で自供を締めくくった。
「ですから、死体はいくらあっても足りませんでしたね」
このような発言の数々は、ジェフリー・ダーマー同様、ハールマンが自分だけの妄想とサディズムの世界に生きている事を示している、といっていいだろう。

ハールマンの最初の犠牲者は、1918年に失踪したフリーデル・ロッテという当時12歳の少年だと言われている。
家出したフリーデルの行方を探していた両親は、息子と思しき少年が「刑事に補導された」との情報を入手、早速警察に足を運んだ。
警察はその「刑事」がハールマンであることはすぐに判った。
大事な情報屋だが、さすがに今回は仕方がない。寝込みを襲って踏み込むと、彼は別の少年とベッドの中で戯れていた。
現行犯なので目をつぶるわけにもいかず、ハールマンは猥褻罪で逮捕され、懲役9ヶ月の実刑を受けた。
警察は問題のロッテ少年も、こうして彼に犯されて泣きながらに逃げ出したのだろう、と推測した。
だが、4年後に再び逮捕されたハールマンは「あの少年の頭部は新聞紙に包んでオーブンの後ろに隠してあった」と告白した。

ハールマンを支配していたハンス・グランツ
9ヶ月後の1919年9月に出所したハールマンは、連続殺人鬼へと変貌する事になったパートナーに出会う。
自供で「彼の事が好きだったから」と表現した、ハンス・グランスである。
友人から「おいハンス、あのおっちゃんホモでさ、この前可愛い男の子がセックスに応じたら20マルクくれたんだぜ」という話を聞き「そんなにもらえるのなら自分が」と、
ハールマンの「愛人」に名乗り出たのである。
その時家出したばかりのまだ18歳だったグランスはハールマンの更に上を行く悪党だった。強盗、恐喝、墓荒らしなど朝飯前だった。
付き合っていた女に金を盗ませ受け取り、女が逮捕されると「盗んだものなんて知りませんでした」とシラを切り通し、結局女だけが罰せられた、という出来事もあった。
美少年の彼は、ハールマンが自分にベタ惚れなのを知っており、ハールマンを完全に支配し、その殺人衝動を己れの利益に利用した。
もちろん、ハールマンの殺人衝動がグランスに向けられる事もあった。
しかし狡猾なグランスは、ハールマンに喉笛に噛み付かれる前に、両腕ごと抱きしめキスをすれば、彼がそのまま自分にメロメロになり、殺人衝動を失う事を知っていた。
中には、グランスが「あいつが着てる服が欲しい」という理由だけで殺された者もいた。
彼らの手口はいつも決まっていた。まず、ハノーバー駅で家出少年を補導するか、カフェで浮浪少年を一夜の宿や食事を餌に下宿に連れ込む。
そう、真夜中になるとハノーバー駅で家出少年を「補導」するハールマンの姿がよく見られるようになったのも、この時期からである。
その後は酒や料理でどんちゃん騒ぎのあと強姦、もしくは少年が疲れきって眠りに落ちたところで、ハールマンが喉笛を喰いちぎって殺害する。
それから上記のハールマンの自供の通り、死体を捌いて屋台で売る。余れば他のルートで売り捌く。遺留品も屋台で売る。
こんな大胆な犯行であったから、彼らは何度か危ない橋を渡っている。
ハールマンの下宿に来たグランスの愛人の売春婦2人、エリー・シュルツデルヘン・ムルツェークが、シチュー鍋に入っていた2切れの肉片を見つけた。
それは「人間のうぶ毛としか思えない毛が生えていて」2人は警察に届けた。
ハールマンを情報屋に使っていたミューラー刑事は青ざめた。ミューラー刑事は豚肉である事を保証して2人を帰した。
1918年年から逮捕される1924年にかけて、ハールマンが喰いちぎった喉笛は数知れない。
明らかに彼が関与している、と確定している失踪者は27人。しかし、実際には50人以上になると信じられている。
ハールマン自身も「48人以上は憶えていない」とカミングアウトしている。

裁判:茶番的な裁判
ハールマンの裁判は1924年12月4日から始まった。
警察とハノーバー裁判所当局はスキャンダルが広がるのを恐れた。
彼が警察の情報屋で、裏捜査員として「ハールマン刑事」を名乗る事さえも許されていたのを、バラされたくなかったからである。
そして何人かの刑事が簡単に買収に応じる事も、ハールマンは知っていた。
機嫌を損ねたハールマンに、 こうした警察の「黒い裏事情」を裁判において暴露されたら、一大スキャンダルである。
さらに上記のエリーとデルヘンが警察に持ち込んだ「豚肉」の件も、警察がちゃんと調べていれば、20人以上の少年・若者の命は救えたはずである。
そこで司法は、ハールマンのご機嫌を徹底的に取る作戦に出た。
この御機嫌取り作戦は効を奏し、ハールマンは余計な事、つまり自分の警察との関係、警察の裏事情については裁判終了まで沈黙した。
検察及び弁護団にも「ヨーロッパ全土に余計なパニックと怒りを引き起こさず裁判をスムーズに進めるために」人肉食及び人肉売買についての質問は一切せぬよう、
徹底的な指示が出された。
公判の第1日目、傍聴席を見渡したハールマンは、女性が多いことに不平を述べた。「こんな惨い事件、女性に聴かせるものではないだろう。帰ってもらってくれ」
判事は「自分には合理的な理由なく傍聴人を退席させる権限はない」と言って、ハールマンに頭を下げた。
そして検察が冒頭陳述を終えると、友人に話しかけるような口調でこう言った。「上出来だよ」
盗み撮りされた裁判。赤丸がハールマン

審理の手順はハールマンが仕切り、証人喚問もハールマン自身が行った。
「さあ、知ってる事は遠慮せずに全部話してくれ。我々は真実を知るために、こうしてここに集まったんだからな」
こんな傍若無人な態度にも判事たちはただ「うんうん」と頷くだけだった。
被害者の父親が証言台に立って証言している間、退屈した様子のハールマンが「タバコを吸わせてくれ」というと、無条件で認められた。
またある時などは、殺された少年の父親が証言台でハールマンに罵詈雑言を浴びせると、彼は尊大な態度でこう言った。
「私には私の基準がある。あんたの息子、写真で見たが何だありゃ。
私はこんな不細工な醜い生き物に興味など持たない」


陪審団が評決についての審議に向かう際、ハールマンは陪審団に向かってこう言った。
「今更刑の軽減を訴える気なんてないから、評決は手短に頼むよ。クリスマスはあの世でお袋と一緒に過ごしたいんでね!」
12月19日、起訴された27件の内24件の殺人について有罪となり、ハールマンは死刑を宣告され、グランツも2件の殺人幇助で死刑を言い渡された。
もっともクリスマスを最愛の母・ヨハンナと一緒に過ごしたいというハールマンの願いは、残念ながら1924年には実現する事はなかった。
彼がギロチン形に処せられたのは、翌1925年4月15日の事だった。
ハールマンの犠牲者の慰霊碑

余談になるが、ハールマンが死刑判決を受けてからの2ヶ月後、郵便配達人が歩道に落ちている手紙を拾った。
筆跡はハールマンのもので、宛先はグランスの父、アルベルト・グランスだった。
おそらく警察に連衡される途中で、ハールマンが車から投げ捨てたものであろう。手紙はグランスの父から、デオドール・レッシングに預けられた。
この手紙の中でハールマンは「ハンスはどの殺人にも、一切関与していない」と書いている。
「例えば『彼が欲しがっていた服を着ていた少年を殺すようハンスに命じられた』などハンスも共犯だと裁判で証言したのは警察に強要されたからであり、
私がハンスに不利な証言をすればするほど、私への待遇が良くなっていった」

さらに「私は罪を墓場まで持っていく事は出来ない」とし、グランスはまったく無実である、と訴えている。
実際にグランスは刑を不服として上訴し、懲役12年に軽減された。

参考文献
週刊マーダーケース・ブックNo.22 ハノーバーの狼男 (ディアコスティーニ)
カニバリズム―最後のタブー (青弓社)
図説 (原書房)
参考サイト
+ M O N S T E R S +
殺人博物館

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コメント

更新お疲れ様です。初コメですが、今までの記事も全て面白いなと読ませていただいてます。
今回のハールマンですが、殺した人の肉をダーマー達の様に"自分で食べる"のではなく、「売っていた」ということに衝撃を受けました(^-^;)。やはり、凶悪犯の考える事は理解しがたいです…
このハールマンはグランスに相当溺れていますが、それほどまでにハールマンが自分の人生に追い込まれてたのかな?と思ってしまいました。
これからも更新頑張ってください!

  • 2014/08/14(木) 01:04:22 |
  • URL |
  • #-
  • [ 編集 ]

Re: タイトルなし

> 更新お疲れ様です。初コメですが、今までの記事も全て面白いなと読ませていただいてます。
> 今回のハールマンですが、殺した人の肉をダーマー達の様に"自分で食べる"のではなく、「売っていた」ということに衝撃を受けました(^-^;)。やはり、凶悪犯の考える事は理解しがたいです…
> このハールマンはグランスに相当溺れていますが、それほどまでにハールマンが自分の人生に追い込まれてたのかな?と思ってしまいました。
> これからも更新頑張ってください!
はじめまして、管理人のとあるプロファイラーです。
ソーセージ、ベーコンの国、という訳だからではないのでしょうか、
ドイツにはこのような「恐怖の肉屋」や人肉食殺人がかなりあります。
ハールマンを利用する事しか頭になかったグランスと知り合った事が、
殺人を加速させた、といえます。
気まぐれ更新ですが、今後とも当ブログをよろしくお願いいたします。

  • 2014/08/14(木) 20:14:30 |
  • URL |
  • とあるプロファイラー #-
  • [ 編集 ]

初めまして、一年前からブログを拝見しておりました。興味本意ではないきちんとした内容に、感銘を受けています。これからも頑張ってください。今回の殺人鬼の存在は知っていましたが、殺意を増長させる人間の存在は多くの殺人鬼にありますね。赤の他人であったり母親であったり。

彼らに一筋の愛があったならと考えますが、彼らにそんなことは意味がないのかもしれません。
逆にこんなことを言っていたら憎まれそうですね。

  • 2014/11/27(木) 20:49:06 |
  • URL |
  • 蓮田 #-
  • [ 編集 ]

Re: タイトルなし

> 初めまして、一年前からブログを拝見しておりました。興味本意ではないきちんとした内容に、感銘を受けています。これからも頑張ってください。今回の殺人鬼の存在は知っていましたが、殺意を増長させる人間の存在は多くの殺人鬼にありますね。赤の他人であったり母親であったり。
>
> 彼らに一筋の愛があったならと考えますが、彼らにそんなことは意味がないのかもしれません。
> 逆にこんなことを言っていたら憎まれそうですね。

はじめまして、管理人のとあるプロファイラーです。
古本屋でたまたま見かけた「マーダーケース・ブック」が元ではじめた当ブログですが、
お気に入りいただけたのなら幸いです。
短いよりは長いほうが、という考えのもと、本を見たりサイトを見たりで中々更新の滞らないブログですが、
どうか気長にお待ちいただければと思います。

  • 2014/12/10(水) 13:39:21 |
  • URL |
  • とあるプロファイラー #-
  • [ 編集 ]

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  • 2015/05/28(木) 09:21:57 |
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