世界を驚かせた奇怪、猟奇的な殺人事件の数々、そしてその犯人。科学では解決できないミステリー現象。それらを紹介していくブログです。

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闇に消えた名画『正しき裁き人』

1934年4月11日、ベルギーの古都ゲントにある聖(セント)バーフ大聖堂から、ヴァン・エイク兄弟が描いた祭壇画の一部が盗まれた。
その祭壇画とは12枚つづりのパネルに描かれた絵で、盗難にあったのは『洗礼者ヨハネ』と、『正しき裁き人』の2枚だった。

聖バーフ大聖堂

数週間後、コピテエール司教の元に、盗まれた絵の身代金を要求する手紙が届いた。
「100万ベルギーフラン(当時のレートで約4億円)と引き換えに絵を返す」という内容のもので、D・U・Aのイニシャルでサインがしてあった。
犯人は「取引に応じるなら、まず2枚のうち『洗礼者ヨハネ』を返す」と約束した。そして交渉は新聞の3行広告で行うよう指示されていた。
5月25日、交渉成立の文面が広告欄に載り、司教の元に手荷物預かり証が届いた。
『洗礼者ヨハネ』はなんとただの包装紙に包まれて、ブリュッセル北駅の手荷物一時預かり所に置いてあったのである。
身代金の受け渡しも行われたが、司教がD・U・Aの代理人に渡した封筒には、100万どころか2万5000ベルギーフランしか入っていなかった。
おかげでD・U・Aの信用を無くし、10月には交渉が絶たれてしまった。こうしてもう1枚の名画『正しき裁き人』は闇に消えたのである。

ヴァン・エイク兄弟の祭壇画

D・U・Aとの交渉が途絶えた約1ヶ月後。アルセーヌ・フーディルティエというカトリック党の議員が、天寿を全うしようとしていた。
彼は死の間際、専属に雇っていた弁護士に秘密を打ち明けた。

「私は『正しき裁き人』の在り処を知っていて、証拠が机の引き出しに入っている」

というのだ。
フーディルティエを埋葬した翌日、弁護士は彼の家を訪ね、机の引き出しを調べた。
すると封筒の中から、コピテエール司教宛ての脅迫状の写し13枚と、訳の分からない数字やスケッチも書いた紙切れも見つかった。
このフーディルティエという男は教会警備員からカトリック党の議員にまで出世した人物だ。
相当な美術愛好家で、休日には美術館に出かけ名画の模写をする程だったという。
そしてまた、かなりの推理小説好きでもあり、その中でも特にモーリス・ルブランの「怪盗紳士アルセーヌ・ルパン」シリーズの大ファンだそうで、
彼の本棚にはルパン・シリーズがズラリと並んであった。
(ルパン・シリーズを数冊読んだ事がある方ならご存知とは思うが、作品中ルパンが主に盗んだのは高級美術品である)
また、フーディルティエはアルセーヌ・フォン・ダメ(Arsene Van Damme)という偽名での証明書も使っていた。
ラテン語ではVとUは同じ文字を使う事が多いので、イニシャルを逆に読むと「D・U・A」である。
どうやら『正しき裁き人』の在り処は数字やスケッチが示しているらしかった。だが、弁護士も警察もまったく謎を解く事が出来ず、事件は意外な方向に展開する。

洗礼者ヨハネ正しき裁き人

1940年、『正しき裁き人』を除く祭壇画はナチス・ドイツの手に落ち、オーストリアのアルトアウスゼー湖畔の岩塩倉庫に隠されてしまったのだ。
祭壇画の押収命令を下したのはもちろん、自らを「美術愛好家」と称するヒトラーである。そしてヒトラーの命令により、例の紙切れの謎解きが試みられた。
どうやら数字は階段などの寸法を、スケッチはアーチや石棺を示していると思われ、聖バーフ大聖堂の地下墓地のように思われた。しかし探索は失敗。

盗まれた絵はそこにはなかったのである。

絵の存在に気づいた司教が、ドイツ軍に先回りして持ち出した、ともいわれているが……。
一方、ヒトラーの手に落ちた祭壇画はアメリカ軍を経て、無事に聖バーフ大聖堂に戻ってきた。
だが、この祭壇画を紹介している多くのサイトにも書いているように、現在はめ込まている『正しき裁き人』は完全な複製品である。

それにしても、現在では約1000万ユーロの価値、とすら言われる本物の『正しき裁き人』はどこに消えてしまったのか。
フーディルティエが残した例の数字やスケッチも、2012年4月現在、未だに解読されてはいないのである。

参考文献
世界史 ミステリー事件の真実 (河出書房新社)

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まとめteみた.【闇に消えた名画『正しき裁き人』】

1934年4月11日、ベルギーの古都ゲントにある聖(セント)バーフ大聖堂から、ヴァン・エイク兄弟が描いたれた。その祭壇画とは12枚つづりのパネルに描かれた絵で、盗難にあったのは『洗...

  • 2012/04/23(月) 15:01:02 |
  • まとめwoネタ速suru

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